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2007年1月 7日 (日)

ロープ

NADA・MAP第12回公演
ロープ

作・演出/野田秀樹

出演/宮沢りえ 藤原竜也
渡辺えり子 橋本じゅん 中村まこと 他
野田秀樹

Bunkamuraシアター・コクーン

 

いやあ、全く、野田地図は相変わらずもの凄いですね。
しかも今回、個人的に超常現象なぐらいタイムリーなテーマ直撃だったので、その意味でも衝撃的でした。芝居と直接関係ないので、その部分は一応分割、別記事で感想文(?)まとめました。興味のある方はそちらもどうぞ。

つーことですんません、今回長文、ネタばればれでございます。
ご注意下さいませ。

 

前回は己の犯した罪と向かい合うという重いテーマでありながら、最後には本当の意味でその罪を認めることで始めて辿り着ける透明な世界、不思議に救われるお芝居を見せて頂きましたが。あの芝居で、松たか子に惚れ直したわたくし。

一方今回はいつものような詰め込まれた言葉遊びはなく、もっとストレートな感触がして、人間臭い、汗臭い、荒削りで、そしてたぶん。血の匂いがするお芝居だったと思います。

ロープ、というタイトルが何を意味しているのか。毎度のことながら野田地図の芝居は、その意味を何重にも展開させていくことになるんですが、今回は予想外のところから始まりました。プロレスです。

舞台の上にはロープに囲まれた四角い空間と、その隣には「引きこもり」のプロレスラーのための、小さな小屋があったりする。ちょっとこれまでのお芝居と感触が違って、最初はあれっと思ってしまいました。普通のお芝居みたい、とか言ったら失礼ですか。
プロレスが八百長であるか否かを悩んでいる、引きこもりの若いプロレスラー。彼が籠もっている小屋のドアの下から差し入れられる食事のトレーが、突っ返されて出てくる。餌付けを拒否するささやかな抵抗のような。そのやり取りに振り回されながら、潰れそうなジムの再起のために「演出」を売りに興行を取ってくるレフェリーと先輩レスラー。そして、それを取材しようやってくる三流のテレビスタッフ達。

むしろ擬音をまんがちっくに映像で見せたりする演出が出てきて、まあプロレスっていうのにはぴったりだけど、などと思っていたらば。それら作りものの外側の存在、リングの下から現れた自称コロボックルの少女の出現によって、物語はゆっくりと、そのいかにも芝居風の、つまりは作りもの、「見せ物」である姿からゆらりと歪んでゆくのです。
放映された番組の視聴率アップを要求する「社長」からの携帯電話、そんなものは知らないと言い放っていた少女が、プロレスをショーとして煽る実況中継に巻き込まれる内に、際限なく過激化していく「見せ物」としての暴力。
そして、ついには少女、タマシイにも携帯電話がかかってくる、その時。

黒い舞台背景一面に書き込まれた白い文字、それが数字と人の名前と、そして死亡年齢であるということ、その事実が物語の中に雪崩れ落ちてくる。物語は究極の暴力の現場へと連れて行かれてしまうのです。

 

簡単に語ることの出来るものではない、難しいテーマであると思います。個人的にこのテーマには大変興味があったりするので、芝居としては結構な数見ていると思うんですけどね。表現がリアルという訳ではないのに、状況に巻き込まれるあっけなさが逆に現実的で、それが加害者の視点から描かれ、しかも同時に殺害方法をリアルに実況中継しているというぞっとする程に恐ろしい現実感の無さ、こういう芝居に立ち会うことが出来るというのは、得難い体験でした。

しかも実況担当が宮沢りえさんというのも恐ろしい。ちょっと声がやられてしまっていて、まだ日程半ばなのに大丈夫かいな、という感じでもありましたが、頑張ってましたねー。しかも彼女は、唯一顔の見える被害者としても登場します。その彼女から哀しい希望を託されるのが、引きこもりを実は「演じて」いたプロレスラー、そしてコロボックルの少女の父親の若い頃の姿でもある、藤原竜也君なのですが。

いややっぱり彼も、もの凄いですね。正直、非常に難しい役どころだと思うんですよ。野田地図の芝居はひとりが何役も掛け持つケースが多いですが、今回の藤原君は同一人物が何役も演じている、という位置付けなんだと思うのです。それらがきちんと演じ分けられていて、その変化の流れにも無理が無い。上手い役者さんだとは思ってましたが、こんなに上手いとは思わなんだ。普通ならあの空間から逃げ出すことが出来るというのは、むしろ嘘っぽくなってしまうのではないかと思うのですが、彼だからこそそれに抵抗し、あのロープで囲まれた空間から「逃亡」することが可能なのだと思ってしまったり。

芝居のラスト、皆が夢から覚めて、次々と現実へと戻っていくシーン。最後に残された彼が、リングの下へとそっとトレーを差し入れて、それが出てくるのを祈るように待っている。彼だけは、元通りの自分には戻ってくることが出来なかったということなのでしょう。あの瞬間、観客の多くも、同じように待っていたのだと思います。いや、あの芝居を見る前であれば、何の変哲もないシーンでしかない筈なのですよ、それがあんなにも美しい。芝居を見る前と後で、同じ動作の持つ意味が全く変わってしまうとは。
えー、野田地図のお芝居は、女性が鍵になっているのがほとんどだと思うのですが、今回は藤原君に軍配な気がしますよ、はい。

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